南海 天王寺支線を探る ①
2020/06/03(Wed)
さて新たな報告です。近場で拾えるネタとして先日、大阪市内に残る
廃線跡を2本ほど探ってきましたクラ駅長です。
まずはソノ1本目として南海電鉄の天王寺支線跡から紹介して行き
ましょう。…区間としては天王寺~天下茶屋の約1.3kmになります。
まず私の歳では「あって当たり前」の大阪
環状線や新今宮駅も歴史としては意外と
新しく、開業時期は以下のようになります。
・大阪環状線(今宮~西九条)…1961年4月
・国鉄新今宮駅…1964年3月
・南海新今宮駅…1966年12月
…ソレ以前は国鉄は湊町や天王寺、南海が
なんばと言った感じで、ターミナル駅が別々
に存在しており、相互乗入や乗り換えの便の
ために存在したのが南海天王寺支線でした。
ぁ、今宮~大正はもっと前から貨物線として存在してたとか、当然に
調べて知ってますから蘊蓄は要りません。また飛田新地(付近一帯)
に関しても後から出てきますし、一般的な知識は持ってる積もりです。
…双方の新今宮駅が出来ると、乗客の大半はそっち経由に移ります
から、天王寺支線の乗客数は激減。赤字ながら細々と走ってた物が、
1993年には廃止されてしまいます。
以後30年近くが経過しておりますが、航空写真などで見ると意外に
線路跡が分かるのと、コノ程度の距離なら歩いても見れそうなので、
散歩がてらに出掛けてみました。
まず天王寺から大阪環状線の外回り電車に乗ると、車窓の左手に
微妙な幅の空き地が確認出来ます。コレが天王寺支線の跡ですわ。
廃線後もカナリの期間、線路やキロポストなんかが残ってましたが、
今は殆どが更地になっています。
外回り線はココで大和路線を跨いで一番南側へ移りますので、高架
が最も高くなった所から、僅かにレールが残ってるのが見えますね。
そんな感じで今回は新今宮駅から歩いてみます。元来たJRの線路
に沿って、先程の「微妙な幅の空き地」の端っこに来ました。
…ちなみに今回は、出掛けにデジタルカメラを忘れてしまい、全編
スマートフォン撮影と言う、私にとってはカナリのハンデ状態です。
工事用の外壁(万能壁というらしい)の隙間から覗いてみると、舗装
された地面にレールが埋まってるのが見えました。
ちなみにココには以前、大阪環状線で唯一の踏切(一ツ家踏切)が
存在しました。コレまた踏板の跡や保安設備の箱などが残ってます。
…大阪環状線自体がカナリの過密ダイヤ(大和路線や阪和線へ直通
する列車も走る)であり、人身事故が多かったらしいんですよ。
実際に私も、大阪港まで電車通勤してた頃に事故抑止を食らいました。
てか場所柄、「通行人の大半が昼間から酔っ払ってるオッサン」と言う
特殊な環境である事も原因だったのかも知れません。
天王寺支線はココからJRの線路と分かれ、南西方向に曲がりながら
あびこ筋を越えます。…地上区間だから踏切があった事になりますが
ちょっと覚えてナイですね。
線路跡の一部に現在は東横インのホテルが乗っかってる状態です。
遠くに見えるのは「あべのハルカス」ですね。
あびこ筋を越えた所からは資材置き場のような感じでした。私有地
なので外からね。…土地は使える所から切り売りされてるのかも知れ
ません。遠景に見える高架道路は阪神高速の阿倍野入口付近です。
そんな感じでなるべく線路跡に近い所を選んで、天下茶屋まで歩いて
みる事にしましょう。
※→次回に続く
※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。
廃線跡を2本ほど探ってきましたクラ駅長です。
まずはソノ1本目として南海電鉄の天王寺支線跡から紹介して行き
ましょう。…区間としては天王寺~天下茶屋の約1.3kmになります。
まず私の歳では「あって当たり前」の大阪
環状線や新今宮駅も歴史としては意外と
新しく、開業時期は以下のようになります。
・大阪環状線(今宮~西九条)…1961年4月
・国鉄新今宮駅…1964年3月
・南海新今宮駅…1966年12月
…ソレ以前は国鉄は湊町や天王寺、南海が
なんばと言った感じで、ターミナル駅が別々
に存在しており、相互乗入や乗り換えの便の
ために存在したのが南海天王寺支線でした。
ぁ、今宮~大正はもっと前から貨物線として存在してたとか、当然に
調べて知ってますから蘊蓄は要りません。また飛田新地(付近一帯)
に関しても後から出てきますし、一般的な知識は持ってる積もりです。
…双方の新今宮駅が出来ると、乗客の大半はそっち経由に移ります
から、天王寺支線の乗客数は激減。赤字ながら細々と走ってた物が、
1993年には廃止されてしまいます。
以後30年近くが経過しておりますが、航空写真などで見ると意外に
線路跡が分かるのと、コノ程度の距離なら歩いても見れそうなので、
散歩がてらに出掛けてみました。
まず天王寺から大阪環状線の外回り電車に乗ると、車窓の左手に
微妙な幅の空き地が確認出来ます。コレが天王寺支線の跡ですわ。
廃線後もカナリの期間、線路やキロポストなんかが残ってましたが、
今は殆どが更地になっています。
外回り線はココで大和路線を跨いで一番南側へ移りますので、高架
が最も高くなった所から、僅かにレールが残ってるのが見えますね。
そんな感じで今回は新今宮駅から歩いてみます。元来たJRの線路
に沿って、先程の「微妙な幅の空き地」の端っこに来ました。
…ちなみに今回は、出掛けにデジタルカメラを忘れてしまい、全編
スマートフォン撮影と言う、私にとってはカナリのハンデ状態です。
工事用の外壁(万能壁というらしい)の隙間から覗いてみると、舗装
された地面にレールが埋まってるのが見えました。
ちなみにココには以前、大阪環状線で唯一の踏切(一ツ家踏切)が
存在しました。コレまた踏板の跡や保安設備の箱などが残ってます。
…大阪環状線自体がカナリの過密ダイヤ(大和路線や阪和線へ直通
する列車も走る)であり、人身事故が多かったらしいんですよ。
実際に私も、大阪港まで電車通勤してた頃に事故抑止を食らいました。
てか場所柄、「通行人の大半が昼間から酔っ払ってるオッサン」と言う
特殊な環境である事も原因だったのかも知れません。
天王寺支線はココからJRの線路と分かれ、南西方向に曲がりながら
あびこ筋を越えます。…地上区間だから踏切があった事になりますが
ちょっと覚えてナイですね。
線路跡の一部に現在は東横インのホテルが乗っかってる状態です。
遠くに見えるのは「あべのハルカス」ですね。
あびこ筋を越えた所からは資材置き場のような感じでした。私有地
なので外からね。…土地は使える所から切り売りされてるのかも知れ
ません。遠景に見える高架道路は阪神高速の阿倍野入口付近です。
そんな感じでなるべく線路跡に近い所を選んで、天下茶屋まで歩いて
みる事にしましょう。
※→次回に続く
※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。
No.430 鉄道廃線跡を探る