新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

南海 天王寺支線を探る ③

2020/06/05(Fri)

謎のウイルスに対しての外出自粛段階的にユルくなってきましたが、
まだまだ「休みの日家で出来る事をしよう」と言う風潮も割と残ってる
ように感じておりますクラ駅長です。

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私の趣味のうちで「自宅で出来る事」と言えばホームページメンテ
ナンスの他は模型鉄ぐらいなのですが、ジオラマの製作は親が死んで
実家に住むようになるまで頭打ちの状況です。

未発表導入車両としては、横浜へ持参した「ワイドビュー南紀」の他
225系阪和線仕様車と、蒸気機関車2両D51C58が入ってます。

蒸気機関車定番であるD51何かと使う物だし、C58天鉄局管内
だと恐らく奈良線和歌山線などの中規格路線で使われてたイメージ。
…既存のC57と合わせて蒸気機関車3両体勢になりました。

さて南海電鉄の天王寺支線を探る旅ですが、堺筋を渡って今池町駅
跡地付近までやってきました。

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この付近では元の線路跡駐車場になってるのですが。境界の柵
古いレールが使われてたりするのが廃線跡らしい所ですね。

…そして何匹かの猫が居ます。今回はデジタルカメラ忘れたので
スマートフォンで無理に撮ったから画像が荒いですが、頭上を跨ぐ
阪堺電車ガーター鉄橋付近にもウロついてました。

鉄橋の下には落下物防止のためのネットが張ってあります。
にしてみたら足元が不安定な分、トランポリンみたいで面白かったり
もするのでしょうか?

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線路が交差していた地点のすぐ北に、阪堺電車今池駅があります。
軌道区間もある路面電車に近い路線なので、と言うよりは電停
と言うイメージの方が強いかな?

ぁ、ココにも猫が居ました地面不自然に隆起し、石が突出した
ような形状になってるのはではなく人間が家を作る事防止する
ための措置です。…こうしないと実行しちゃう人が居るんですよ。

天王寺支線があった時はココと今池乗り換え駅でしたが、昭和59年
天下茶屋までが廃止された後は、西へ300mほど萩ノ茶屋駅
乗り換え駅として指定されるようになりました。

…今回は行きませんでしたが、南海萩ノ茶屋駅と言うのはアニメ
「じゃりン子チエ」に登場する西萩駅のモデルになってるようです。

「西萩」架空の地名ですが、登場人物の雰囲気はコノ付近
共通する物がありますね。

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鉄道の交差点と言う物は基本的には立体交差であり、先に開通した
地表に近い所を通ります。…調べてみるに天王寺支線1900年
阪堺線1911年となってました。

大阪環状線が現在のような円形の路線なる前は、天王寺大正
の区間は大阪港へ通じる貨物線だったワケです。

南海線から奈良方面へ移動する旅客や、城東・淀川方面へ向かう
貨物列車のためにも早い時期から必要だった事が伺えますね。

鉄橋の反対側も何かの会社の敷地です。
元々の町割り
に対して線路斜めに通ってた事になるから、ココを
基準に見ると周囲の建物不自然に階段状に見えますな。

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その先は遊歩道風の公園になってます。…てか実際の廃線跡
の画像青い塀の向こうなのですが。そして状況はよく分からない
ものの、人々のコミュニケーションが盛んな所でした。

…この地下には地下鉄堺筋線が通っています。元は通天閣に近い
動物園前が終点でしたが、1993年天下茶屋まで延長されています。
奇しくも天王寺支線全廃された年ですね。

壁の一箇所「今宮ふれあいの郷 イマナリエ」と称したがあります。
中が気になる所ですが、何かの施設として使われてるのか?

「イマナリエ」「神戸ルミナリエ」パクりであろう事は辛うじて想像が
付きますが。この壁に沿って天下茶屋方向へ更に進みます。

→次回に続く



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No.432 鉄道廃線跡を探る