新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

南海 天王寺支線を探る ④

2020/06/06(Sat)

久し振りに近鉄通勤型車両に乗ったら、車内の広告異常に少ない
事に気が付いてしまいましたクラ駅長です

20200606i.JPG 20200606j.JPG

…調べたワケではなく推測なのですが、コレは謎のウイルスの影響で
季節物のイベントが軒並み中止になったり、新規の物計画出来なく
なったりした事による影響じゃないのかな?

広告減る鉄道会社広告収入や、ソレ自体を扱う広告会社売上
にも影響するんでしょうね。…いつまで続くんでしょうか?

さて南海の天王寺支線を探る旅ですが、萩ノ茶屋近辺を歩いていると
「ふれあいの郷 イマナリエ」なる謎の施設に出くわしました。

20200606a.JPG 20200606b.JPG

から見たら壁の向こう側、つまり廃線跡が見渡せたワケですが
「ふれあい広場」と言う公園のような使われ方をしてるようです。

「この広場は、地域の…の広場です。」結局の所、よく分かりません
一般的な児童公園かと思えば、ベンチなどはあるものの敷地の大部分
になってますね。

当日は曜日的に学校が休みなのに、子供が遊んでる様子全く見掛け
ナイのですよ。居るのは殆どが酔っ払いです。ココで何をドノように
ふれ合えばいいのか?著しく謎ですよね。

20200606c.JPG 20200606d.JPG

反対方向出口側と言うか…)の鉄扉が開いてましたので中を覗いて
みなしたが、やはり畑です。都心部では貴重な土地かも知れませんが、
普通の状態中が見えないとか、どうも閉鎖的ですな。

その向かい側に「今宮ふれあい会館」と言う施設がありました。
また「ふれあい」か。区割りに対して不自然に斜めに歪んだ土地が
廃線跡である事を物語ってますが、相変わらず意味は不明です。

20200606f.JPG 20200606e.JPG

更に歩くと南海電鉄本線高野線が見えてきます。
…現在は両方とも高架化されており、ソレ以前に廃止された天王寺
支線痕跡殆どありません

今池方向から辿ってきた廃線跡は、また不自然に斜めになった感じ
駐車場と、路地を挟んでコンビニになった所(右の画像でトラックの
後部が写ってる所)が確認出来る最終地点のようです。

この路地も狭い踏切だった筈であり、道が不自然に歪んでますね。

20200606g.JPG 20200606h.JPG

そんな感じでようやく目的地天下茶屋駅に到着しました。…新今宮
から歩き始めて1時間半の旅でしたね。

関西の者抵抗なく発音する地名ですが、「てんかゃや」と書いて
「てんちゃや」だから濁点勝手に移動してるワケで、他の地域の
にとっては難読駅名の1つかも知れません。

…先述のように現在は高架化され、本線高野線乗り換え駅として
の機能と、地下鉄堺筋線の南側の終点として梅田北大阪方面への
アクセス点でもあるようです。

繰り返しになりますが私は世代的新今宮駅とソコで乗り換える事が
当たり前なのですが、例えば戦後すぐなどは天王寺支線の方がメイン
だったでしょう。

奈良に住んでた母方の祖母が、が住んでた浜寺公園へ行くような
ケースだとよく乗った路線かも知れません(戦後の物不足の時代
野菜などを届けてたらしい)。

大阪の都心部にありながら、時代と共に役目を終えた路線と言うのも
意外と珍しく、尚且つコノ程度なら「何で乗っとかなかったのか?」
と言う思いもありますが、なかなかに興味深い旅でした。

…時刻はお昼前同規模廃線跡ならもぅ1箇所ぐらい行けるよね?
って事で、新今宮まで戻って少し移動してみましょう。

→次回に続く



※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.433 鉄道廃線跡を探る