大阪臨港線を探る ②
2020/06/08(Mon)
ある所の公衆トイレで手を洗おうとしたら、シンクの上部の穴(正式名称
不明)の所にアマガエルが居ました。
…先日行った印南駅では、多数のカエルの人形に出会ったワケですが
こっちは本物ですね。
近付いても逃げないので、水を掛けてやったら喜んでました(多分)。
ここ最近、猫ヨシヨシもネタ的に頭打ちなのですが、カエルヨシヨシ
まで出来るとは思いませんでしたクラ駅長です。
さて大阪臨港線の跡地を探る旅ですが、大阪環状線との分岐点だった
境川信号場の付近から線路跡を探して歩いております。
…廃線跡と平行して、北側にアーケードのある商店街が伸びてますが
双方に直交する路地がありました。当然に元は踏切だった筈ですが、
何故か線路跡だった部分に障害物が置かれ、通行止めになってました。
車の通行量が増えると危険だから…と言う地元の意向なのか、又は
前後の道路と同じように見えても私有地なのか?ソノ辺は謎です。
…左の地点に至る廃線跡には「無線切替」の標識が残ってますね。
その反対側…浪速駅方向の廃線跡は駐車場になってます。半分ぐらい
がコインパーキングで、残りは商店街の搬入スペースと思われます。
更に進むと高架道路のある広い通りに出ました。高架道路は阪神高速
の17号西大阪線、側道は国道43号線です。…高速道路はイイとして、
地上を通る国道43号線は踏切で横切ってた事になりますよね。
付近の歩道橋を渡って道路の反対側へ行き、更に続く廃線跡を見ると
踏切の両脇によくある感じのゼブラ塗装の柵が残ってました。
…貨物輸送の大部分を鉄道が担ってた時代と違い、末期にはココを
通る定期の貨物列車は日に2往復、量が少ないと運休する事もあった
ようで、自動車の邪魔になる事も少なかったものと思われます。
ココから先は、次の踏切跡まで手付かずの更地のままでした。
これも目測ですが、幅としては複線用の用地が確保されてる感じです。
しかし末期は単線で運用されてたようですね。
やはり極端に細長い土地であり、国道に面してるけど店舗などに使う
には間口が狭いので、簡単には売れないのかも知れません。
次の区間もコインパーキングでした。…左手部分が立体になってる
ので、この幅では乗用車の回転半径に足らず、後向きの状態から
出庫したい車は切り返して方向を変える必要があるようです。
そしてまた更地の廃線跡になります。ココにあった踏切を「当分の間
休止する」と言う旨の看板が出ていますが、2006年の廃止に先立って
まず表記の日付(平成16年…2004年)に休止されたワケですよ。
…結局は「当分の間」が終わる事は無く廃止になったワケですが、
ココはつい最近(去年あたり)の航空写真やストリートビューを見ても、
線路が残ってるのが確認されておりました。
右の看板に「無駄耕作物」という文言が出てきますが、画像で見るに
近所の人が畑にしたり不用品を置いたりで、マニラの裏路地みたいな
状況だった事が伺えます。
…それなら一々迂回せずとも、歩いて通り抜けれたかも知れませんね。
※→次回に続く
※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。
不明)の所にアマガエルが居ました。
…先日行った印南駅では、多数のカエルの人形に出会ったワケですが
こっちは本物ですね。
近付いても逃げないので、水を掛けてやったら喜んでました(多分)。
ここ最近、猫ヨシヨシもネタ的に頭打ちなのですが、カエルヨシヨシ
まで出来るとは思いませんでしたクラ駅長です。
さて大阪臨港線の跡地を探る旅ですが、大阪環状線との分岐点だった
境川信号場の付近から線路跡を探して歩いております。
…廃線跡と平行して、北側にアーケードのある商店街が伸びてますが
双方に直交する路地がありました。当然に元は踏切だった筈ですが、
何故か線路跡だった部分に障害物が置かれ、通行止めになってました。
車の通行量が増えると危険だから…と言う地元の意向なのか、又は
前後の道路と同じように見えても私有地なのか?ソノ辺は謎です。
…左の地点に至る廃線跡には「無線切替」の標識が残ってますね。
その反対側…浪速駅方向の廃線跡は駐車場になってます。半分ぐらい
がコインパーキングで、残りは商店街の搬入スペースと思われます。
更に進むと高架道路のある広い通りに出ました。高架道路は阪神高速
の17号西大阪線、側道は国道43号線です。…高速道路はイイとして、
地上を通る国道43号線は踏切で横切ってた事になりますよね。
付近の歩道橋を渡って道路の反対側へ行き、更に続く廃線跡を見ると
踏切の両脇によくある感じのゼブラ塗装の柵が残ってました。
…貨物輸送の大部分を鉄道が担ってた時代と違い、末期にはココを
通る定期の貨物列車は日に2往復、量が少ないと運休する事もあった
ようで、自動車の邪魔になる事も少なかったものと思われます。
ココから先は、次の踏切跡まで手付かずの更地のままでした。
これも目測ですが、幅としては複線用の用地が確保されてる感じです。
しかし末期は単線で運用されてたようですね。
やはり極端に細長い土地であり、国道に面してるけど店舗などに使う
には間口が狭いので、簡単には売れないのかも知れません。
次の区間もコインパーキングでした。…左手部分が立体になってる
ので、この幅では乗用車の回転半径に足らず、後向きの状態から
出庫したい車は切り返して方向を変える必要があるようです。
そしてまた更地の廃線跡になります。ココにあった踏切を「当分の間
休止する」と言う旨の看板が出ていますが、2006年の廃止に先立って
まず表記の日付(平成16年…2004年)に休止されたワケですよ。
…結局は「当分の間」が終わる事は無く廃止になったワケですが、
ココはつい最近(去年あたり)の航空写真やストリートビューを見ても、
線路が残ってるのが確認されておりました。
右の看板に「無駄耕作物」という文言が出てきますが、画像で見るに
近所の人が畑にしたり不用品を置いたりで、マニラの裏路地みたいな
状況だった事が伺えます。
…それなら一々迂回せずとも、歩いて通り抜けれたかも知れませんね。
※→次回に続く
※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。
No.435 鉄道廃線跡を探る