駅ノート 西中金
2020/10/22(Thu)
さて新たな報告です。…こちらも新規に発見された駅ノートですが、
愛知県と岐阜県で各1箇所ずつ描きに回るべく、9月下旬に1泊2日
で回ってきましたクラ駅長です。
まず1箇所目が旧名鉄三河線の北側の終点だった西中金駅の跡地。
…だから厳密には廃駅ノートになりますね。
前回に三河広瀬の2回目を描いた時、隣のココにも寄り道して窓から
建物内を覗いたら、駅ノートらしき物を発見したんですよ。
ココも三河広瀬と同様に、土日などに地域の人がボランティア的な
喫茶店を営業してるんですが、向こうと違うのは営業しない日は扉が
施錠されていて中に入れないと言う事です(ソレが普通なんですが)。
だからどぅしてもノートを見たければ、営業日に合わせて行くしかナイ
ので、シフトの都合もあって9月下旬の4連休になってしまいました。
…後でネットのニュースなどを見た限り、全国的に観光地が混雑して
高速道路の渋滞などもヒドかったようですな。謎のウイルスに関する
騒ぎはまだ終わってナイ筈ですが、全国的に忘れられてた感じでした。
看板に営業時間が10:00~15:00とあったので、午前10時に着く感じで
現地へ向かいます。…駅舎の扉が開いており、のれんなども出てます
から、無事に中へ入れそうですよ。
同駅が廃止になったのは2004年の事。16年前と言う事になりますが、
駅周辺の線路にはレールが残っています。…恐らく枕木などもあると
思われますが、砂利で埋めて遊歩道として整備されてますね。
…三河広瀬の時もそうだったんですが、この手の地域ボランティア的
なお店は、高確率で老人の溜まり場になってる事が想像されます。
はい、大当たりですね。ソレほど広くない店内ですが、爺さんたちが
入れ替わり立ち代わり来店する感じで、コミュ障の私にはキツい環境。
「草刈り」「スナック」「整形外科」の話題が三題噺の如く回ってました。
しかも客の殆どがマスク非着用です。マスク嫌いには自信のある私も
流石にコレはヤバいと感じて、自発的にマスクをする羽目になりました。
駅舎内には出札窓口の構造が残っており、基本的に元の駅務室が
厨房、待合室が客席ホールの感じです。また屋外のホームにも少数
ですがテーブルが設けられており、ココでの飲食も可能です。
御当地の観光資料や古い鉄道写真なども多く飾られており、最末期
にレールバスで運行されていた当時の写真なども残されていました。
運営は地域の主婦の皆さんがボランティアで行ってるようです。
…70代の爺さんから見れば40代の女性でも充分に「若いお姉ちゃん」
であり、ソノ構図を見てると痛い物を感じてツラいですね。
もうすぐ40になるアイドルを追っかけてるソレ以上の層のファン集団に
も通じる物があると思います。…皆さんも時々よく考えてみましょう。
ともあれ駅ノートですが、前回に窓の外から見た物の現物が左です。
…A4判の無地のノートと、何故かB5判のを半分に切った物があり、
後者の方は埋まってたのでA4無地の方に描きます。
訪問ハードルの高い所であり、ネット上では存在が知られてなかった
ので、絵師さん&ゆっくまーシールに関する先人は居ませんでした。
廃線跡の遊歩道とホームがカフェの一部になってる感じだから、発想
としては簡単な感じになりました。…折角だから足漕ぎの軌道自転車
ぐらい置いても面白そうな気はするんですけどね。
無事に絵が描けたので、コーヒーでも頂く事にしましょう。
営利目的のお店じゃないので、メニュー構成は至ってシンプルです。
五平餅も気になる所ですが、コーヒーと合わないような気がしたので
ワッフルにしました。コーヒーにも小さなお菓子が付いて来ましたが、
コレは中京文化圏に共通するサービスだったような気がします。
続いての駅ノートは樽見鉄道です。国鉄時代の終点だった神海駅で
存在が確認されたワケですが、コレは明日に回します。
以前から少し気になってた謎の資料館があるので、先にコレを見に
行く事にします。…場所としては岐阜県の山県市と言う所だそうで、
少し遠いんですが走ってみましょう。
※→次回に続く
※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。
愛知県と岐阜県で各1箇所ずつ描きに回るべく、9月下旬に1泊2日
で回ってきましたクラ駅長です。
まず1箇所目が旧名鉄三河線の北側の終点だった西中金駅の跡地。
…だから厳密には廃駅ノートになりますね。
前回に三河広瀬の2回目を描いた時、隣のココにも寄り道して窓から
建物内を覗いたら、駅ノートらしき物を発見したんですよ。
ココも三河広瀬と同様に、土日などに地域の人がボランティア的な
喫茶店を営業してるんですが、向こうと違うのは営業しない日は扉が
施錠されていて中に入れないと言う事です(ソレが普通なんですが)。
だからどぅしてもノートを見たければ、営業日に合わせて行くしかナイ
ので、シフトの都合もあって9月下旬の4連休になってしまいました。
…後でネットのニュースなどを見た限り、全国的に観光地が混雑して
高速道路の渋滞などもヒドかったようですな。謎のウイルスに関する
騒ぎはまだ終わってナイ筈ですが、全国的に忘れられてた感じでした。
看板に営業時間が10:00~15:00とあったので、午前10時に着く感じで
現地へ向かいます。…駅舎の扉が開いており、のれんなども出てます
から、無事に中へ入れそうですよ。
同駅が廃止になったのは2004年の事。16年前と言う事になりますが、
駅周辺の線路にはレールが残っています。…恐らく枕木などもあると
思われますが、砂利で埋めて遊歩道として整備されてますね。
…三河広瀬の時もそうだったんですが、この手の地域ボランティア的
なお店は、高確率で老人の溜まり場になってる事が想像されます。
はい、大当たりですね。ソレほど広くない店内ですが、爺さんたちが
入れ替わり立ち代わり来店する感じで、コミュ障の私にはキツい環境。
「草刈り」「スナック」「整形外科」の話題が三題噺の如く回ってました。
しかも客の殆どがマスク非着用です。マスク嫌いには自信のある私も
流石にコレはヤバいと感じて、自発的にマスクをする羽目になりました。
駅舎内には出札窓口の構造が残っており、基本的に元の駅務室が
厨房、待合室が客席ホールの感じです。また屋外のホームにも少数
ですがテーブルが設けられており、ココでの飲食も可能です。
御当地の観光資料や古い鉄道写真なども多く飾られており、最末期
にレールバスで運行されていた当時の写真なども残されていました。
運営は地域の主婦の皆さんがボランティアで行ってるようです。
…70代の爺さんから見れば40代の女性でも充分に「若いお姉ちゃん」
であり、ソノ構図を見てると痛い物を感じてツラいですね。
もうすぐ40になるアイドルを追っかけてるソレ以上の層のファン集団に
も通じる物があると思います。…皆さんも時々よく考えてみましょう。
ともあれ駅ノートですが、前回に窓の外から見た物の現物が左です。
…A4判の無地のノートと、何故かB5判のを半分に切った物があり、
後者の方は埋まってたのでA4無地の方に描きます。
訪問ハードルの高い所であり、ネット上では存在が知られてなかった
ので、絵師さん&ゆっくまーシールに関する先人は居ませんでした。
廃線跡の遊歩道とホームがカフェの一部になってる感じだから、発想
としては簡単な感じになりました。…折角だから足漕ぎの軌道自転車
ぐらい置いても面白そうな気はするんですけどね。
無事に絵が描けたので、コーヒーでも頂く事にしましょう。
営利目的のお店じゃないので、メニュー構成は至ってシンプルです。
五平餅も気になる所ですが、コーヒーと合わないような気がしたので
ワッフルにしました。コーヒーにも小さなお菓子が付いて来ましたが、
コレは中京文化圏に共通するサービスだったような気がします。
続いての駅ノートは樽見鉄道です。国鉄時代の終点だった神海駅で
存在が確認されたワケですが、コレは明日に回します。
以前から少し気になってた謎の資料館があるので、先にコレを見に
行く事にします。…場所としては岐阜県の山県市と言う所だそうで、
少し遠いんですが走ってみましょう。
※→次回に続く
※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。
No.571 駅ノートの記録