新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

駅ノート 鯖瀬

2020/05/31(Sun)

そんな感じの徳島ですが、阿南市で一泊した翌朝レンタカー牟岐線
鯖瀬駅へと向かっておりますクラ駅長です。

…一応は鉄道利用も考えたんですが、牟岐線徳島~阿南約50分
阿南~鯖瀬1時間以上掛る鈍足な上にダイヤが薄い線区です。

ダイヤに忠実に行路を組んだ場合、徳島船に乗るまで2時間以上の
空白が出来る上に帰宅も遅くなるんですよ。…しかも時間を潰せそうな
飲食店は何故か軒並み閉まってる状況、「ちょっと無理」と判断しました。

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そんな感じでほぼ朝一ルートインの朝食6時半からなので7時前
には出発して、8時前には現地に着いておりました。

徳島から室戸方面へ向かう国道55線を走り、「鯖瀬大師本坊」と言う
お寺の看板がある所を内陸側へ少し入った所が鯖瀬駅です。

鯖瀬大師本坊(八坂寺)は、四国八十八箇所霊場番外札所の1つ
ですが、拝観料も要らないオープンなお寺のようで、早朝から御堂
開いておりました。…駐車場トイレはココの物が使えます

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お寺から少し戻って、線路添いのスロープを上がるとがありました。

元から無人駅だったようで駅舎無く、ホームに簡素な待合室だけが
ある駅ですね。てかこのスロープには車止めがナイから、軽自動車なら
建物のギリギリまで行けるし、線路に車を突き落とす事も出来るよな。

牟岐線でソノような列車妨害を企てても、特に意味はナイとは思い
ますが、ちょっと危機感が足りないかな?と感じました。

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山に囲まれ、開けてる方は海岸に近い地形のようで、駅の両端
トンネルに挟まれています。ホーム1本だけの棒線駅でした。

右の列車徳島(阿南)から来れる始発列車4523Dです。
ソレの阿南発より後に出てホテルから駅も結構遠いこっちの方が
先に着きましたから、やはりレンタカーにして正解ですよ。

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駅ノート一冊のみですが、いつも見かける絵師さんの作品が幾つか
残されています。やはり札所の寺院に近いのでお遍路さんを題材に
した物が多いようですね。

ケンさんは実際に徒歩で四国の札所巡りもやる方ですが、モデルに
なってるお坊さん下里庵の畦田住職だと思われます。
…一通り見た積もりなのですが、ゆっくまーシール無かったかな?

20200531i.JPGさて私は…取り敢えず海に近い駅
なので、海から現われるアマビエなる
妖怪をネタにしておきましょう。
御当地とは何の関係もナイかも
知れませんが。

半魚人のような風体で、ある記録に
よれば江戸時代肥後国(熊本県)
に出現した事があり、「疫病が流行る
事があれば私の姿を写して多くの
人々に見せよ」と言ったそうです。

だから「新型ウイルスにも効くかも知れん」と言う事で、色んな人が
アマビエの絵を描いてネット上にアップするのが流行ってました
ちょっと出遅れた気がしますが、私が描くと以下のようになります。

てんはまさか自分がアマビエをやらされるとは思っておらず、些か
不満気味です。本来ソノ手の役回りであるのろ甘えび勘違いして、
大きな着ぐるみを発注してしまいました。

常識人(猫)ぱのは、巡礼の札所に因んでお遍路さんの白装束です。

20200531j.JPG以下おまけ
駅前「さばせ大福」と号する和菓子屋さん
があり、名物の大福餅を買う事が出来ました。

…上の駅ノート作品の中で、そけっとさん
ソケ子ちゃんも食べてるやつです。

お寺の近くなので古くからあるお店かも知れ
ません。食べログなどによると、一時期は
店内うどんの提供もあったらしいです。

10個入りで700円でした。伝統的で普通に
美味い大福餅ですが、一気に10個無理
あり、持ち帰って何日かに分けて頂きました。

と言う事で、四国駅ノート全部埋まったかな?と思ったんですが
最近になって予土線半家十川存在が確認されており、また後日
新たに予定を立てて行く事になりそうです。

では続けても駅ノートです。この日とは別になりますが、方向的には
よく似た所で和歌山県。久し振りの西御坊(紀州鉄道)と、紀勢本線
コレも新たに発見された印南の報告へと続きます。

→次回に続く



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No.427 駅ノートの記録

駅ノート 小和田

2020/05/18(Mon)

そんな感じで飯田線駅ノートですが、大嵐駅を描いた後、駅前に
車を置いて電車で1駅小和田駅へやって来ましたクラ駅長です。

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…云わずと知れた全国屈指秘境駅ですね。静岡長野愛知3県
が交わる県境付近(駅自体は静岡県)の山奥にあり、駅に通じる道路
全くナイので、列車以外の手段で来る事はほぼ不可能な駅です。

まぁ元は人家があったりもしたのでしょう。…飯田線建設当初から
「1つの集落に必ず1駅」と言うコンセプトだったそうで、全区間に渡って
矢鱈と駅の数が多い事で知られております。

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駅舎古い木造の物が残っています。現状で駅前から行けるのは、
少し先に見える東屋までの散策道ぐらい物なんでしょうか?今回は
絵を描くのが主目的だから、時間節約のためココから見るだけです。

しかし(後述)の引き出しを開けたら、さっき大嵐駅にあったのと同じ
地図が出てきました。そして?…コレはもしかして熊除けなのか?

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小和田駅国鉄時代から、秘境駅として鉄ヲタ層には知られてたよう
ですが、一般的に有名になったのは平成5年皇太子さまのご成婚
の前後でしょうね。

雅子妃殿下旧姓同駅と同じ「小和田」…読みは「おわだ」だと
言うので、ワイドショーでも取り上げられてたのを覚えています。

ソコから派生して「縁結びの駅」みたいな扱いになり、ココで結婚式
を挙げるカップルなんかも出て来る始末。…駅舎内には当時の物
思われる写真などが残っておりました。

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…意外な事に駅舎には机と椅子がありました。ってか何度か降りてる
筈ですが駅ノート関心が無かった頃の話なので気が付かなかった
だけかも知れません。

そして今まで回ってきた中で(恐らく全国的に見ても)最も駅ノートの
歴史が長いのが小和田駅かも知れません。机上の保管箱にはバック
ナンバーをファイルした物がぎっしり詰まっております。

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最古の物はコピーですが昭和54年だから、当然に国鉄時代ですね。
当時の同駅有人駅であり、駅員さんが始めた物だと思われます。

イメージとして「チャレンジ20000キロ」の時代かな。…国鉄の経営と
しては赤字の最盛期ですが、乗り鉄の文化は最も盛んだったように
思うから、現場でも柔軟な対応が出来るようになってたのでしょう。

そしてコレだけ多い物を全部見てる時間はナイので、また直近の4冊
程度にしておきます。人気の駅にしては絵師さんの作品少ない気が
するんですが回転も早いし、もしかしたら盗難の可能性もあるか?

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では私は…コレも事前に考えてた
ネタですが、駅ノートの数が矢鱈と
多い事は前から聞いてましたので、
刑事ドラマ風の設定になりました。

何かの事件容疑者が「事件当日
小和田駅に居た」と供述した場合、
やっぱり裏付け捜査に来る事になる
でしょうね。

道路が通じてナイから覆面パトカーとかを使うワケには行かず、
トラベルミステリーみたいに電車を乗り継いでの事になる筈です。

そしてある程度は時系列に沿って書かれてる物ですが、空いたページ
かったら古い日付の隙間に書き込むかも知れず、結局はある物
を全部調べる羽目になる。捜査は脚」の世界ですな。

長編描いてみたい気もしますが、画力根気ありませんわ

ともあれ今回も殆ど誰とも接する事なく無事に帰ってきました
…今後も色々と乗ったり描いたりしますが、記事そのものの宣伝
中止しておりますので、見たい人だけ見て頂ければイイと思います。




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No.414 駅ノートの記録

駅ノート 大嵐

2020/05/17(Sun)

さて飯田線の駅ノートですが、前日宿泊した新城市から約2時間
狭路の山道を走って今回の1駅目となる大嵐(おおぞれ)駅に到着
しましたクラ駅長です。

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飯田線山間部秘境駅が多いと聞いておりますが、大嵐ソノ1つ
なのでしょう。比較的新しいお洒落な駅舎が建ってますが、付近に人家
らしき物は見当たりません

しかし道路が通じてるのは有り難い話です。近くで道路工事をやってる
もんで、ソノ関係者らしき人の車が何台か駐まってました。

人家ナイけど(ナイからなのか)熊が出るようです。駅ノートに出る
茶色い熊女子高生好きなようですが、ココでは通学の生徒さんとの
遭遇も期待出来ないでしょうね。

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駅舎山小屋調と言うのか、天井が高く開放的な造りです。例によって
誰も居ませんから、ウイルス関係の懸念が無くても快適な空間でした。

大きなテーブル椅子もありますから、コレは有り難い環境ですよ。
建物JR東海ではなく自治体の持ち物なので、厳密には駅舎ではなく
公共の休憩所なんだそうです。

そして壁の一角に駅の歴史を記した説明書きがあるのと、ドコかの学校
鉄道好きな生徒さんが作ったジオラマの写真などがあります。
昔は小さな木造駅舎だったようですね。

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ホーム島式交換可能な構造で、駅の両側すぐトンネルになって
います。…分岐器トンネル内にまで入り込んでますので、ソノ部分
だけ径が大きいんですよ。

そして水窪側佐久間ダムの建設によって付け替えられた区間であり、
トンネル内急カーブになってるそうな。

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そんな感じで駅舎へ戻って駅ノートを見てみます。
一角に観光パンフレットを置いた棚があり、駅ノートはソレと一緒に
置かれていますが、バックナンバー結構な冊数になってますね。

同駅駅ノート管理者が不明なのですがカナリ雑然としており、
状態はソレほど良くありません

全部を調べてる時間がナイので、表紙の日付が近い物を4冊ばかり
探して、出てきた絵師さんの作品は右の通りでした。
よく見かける方々のは一通り揃ってる感じでしょうか?

そしてコレも軽いリレー状態かと思われますが、ホームから小和田
方向のトンネルを描いた構図の物が多くあります。

では私は何を描こう?…一応、以前から描きたかったネタなのですが
「のろ迷子シリーズ」として大嵐大曽根勘違いにしておきました。

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名古屋市大曽根は過去に木村
イベントで何度も行った馴染み深い
ですが、ナゴヤドーム最寄駅
でもあります。

今はプロ野球もマトモに開催されて
ないかも知れませんが、のろ一家
ナゴヤドームドラゴンズ戦を見に
行こうとしてたんですよ。

しかし間違えて大嵐に着いたらしい。…まぁ駅ノート所在地として
大嵐で正解なのですが。

と言うか一般的には大嵐へ行く方が面倒&時間が掛かる人の方が
多いと思われ、わざとボケたとしか思えない状況になってますね。

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と言う事で小和田なんですが、こちらは自動車不可完全秘境駅
ですから、はココに置いて電車で往復する事にします。

時刻表によると次の下り(天竜峡行き)に乗って小和田へ行き、2時間半
ほど滞在して帰ってくる事が出来ますね。
遅筆な私にはギリギリな時間ですが、頑張ったら行けるかな?

と言う事で、やってきた電車に乗って小和田駅へ移動します。

→次回に続く



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No.413 駅ノートの記録