新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

サービス業を客の立場から考える

2022/10/02(Sun)

私は学校を出て就職して以来16年ほど飲食店で働いて、10年ほど
タクシー運転手をやってきましたので、ココまで概ねサービス業
ばかりやってたようなもんなのですよ(恐らく今後も)。

…だから直接「客」と接しない事務職工場勤務のような仕事の人
よりは接客業の気持ちが分かると言うか、今回はそんな話を思い
付くまま書いてみようと思いますクラ駅長です。

まず根本的に思うのは「頑張っても給料に影響しにくい」と言う事。

例えば飲食店の場合、やはり混む時期や時間帯集中します。
店側もソレを見越して人を揃える筈なんですが、度を超す行列
が出来たり待ち時間が増えたりしますわな。

売上利益増えると、経営者営業責任者「成績が上がる」
給料が増えたり手当が付いたりするでしょうが、大部分を占める
アルバイト下っ端の社員は「同じ給料で忙しい」だけでしょう。

…コレは可哀相です。仕事なんて同じ給料なら楽な方がいい
だから私は、そもそも混むような日や時間帯に飲食店に行かないし、
入店しても明らかに「回ってない」状態だと見れば入店をヤメます

自分も何年かやってたから、そのぐらいは見れば分かるし、場合に
よっては「回ってますか?」と訊く事もありますね。

そんな感じだから、例えば昼食なら原則としてピークを過ぎた14時
以降が多くなります。ホントは「開店直後」が理想的ですが。
…誰しもソノ日の仕事を始めたばかりだと「まだ元気」なので。

あと飲食店には大抵、ラストオーダーと言うものが存在します。

一般的には閉店の30分前、コース料理を出す高級店なら1時間前
の感じでしょうか?これも時間をそのままに受け取るのは気の毒
なので、私自身は「その更に30分」を切ったら行きません

…状況にもよりますが、ソノぐらいになると片付けを始めるもん
だから、気持ちとしては「今頃来やがって」と言う方が先に立つ。
殊に奈良県人の気質は「1分たりとも残業したくない」なのですよ。

そこまでやっても見極めが甘かったり途中で予想外に混んできたり
して「あー、こりゃ大変だな」と言う状況に陥る事はあります。

よくあるのが「注文した物がナカナカ来ない」と言うやつ。
ホールと厨房意思疎通上手く行ってないと、処理能力を超えた
客数を入れてしまい、停滞が生じますわ。

…私はホールを担当する事が多かったんですが、入口で行列に
なるより入店してから待たされる方がなものだと分かってるので、
常に状況を見て調整するようにしてたんですよ。
嫌々就いた仕事でも何年かやってたらソレなりに上達するもんで。)

繁忙期現場を知らない部長などが来た時、勝手に次々と入れ
られて「こんなやり方だとクレームになりますよ。…ほらね。」と言う
のが何回かありましたな。

…そうなると相手が上司でも怒鳴ってたし、クレームには「こいつ
責任者です」と客前に突き出して対処してましたが。

「客の立場で」と言うのを忘れて興奮してしまいました。

…だから私が客の立場料理が出てこない場合、それに怒るより
こんな状況の時(又は店)に来てしまった自分が悪い」と思って
しまうんです。運が悪かった(または自分の判断ミス)と言うかね。

そして単純に遅いだけなら待ってればいいんですが、後の予定
ある状態で理不尽に遅い場合、又は明らかに忘れられてる場合。
コレは平然と(その商品も含めて)会計して、何も言わず帰ります。

恐らくは私が帰った後「ココの客は?」となる筈ですよね。

…こう言うのはあからさまに怒鳴られるより後味が悪く、その日の
残りの時間嫌な気分で過ごす羽目になる。私なりの嫌がらせ
と言うか仕返しと言うか。

そんな仕事16年ほど続け、転職して先ず感じたのは「タクシー
言う物はどぅ頑張っても1件ずつしか処理出来ない」と言う気楽さ
でした。実車中に手を挙げてる人がいても無視して構わないでしょ。

また給料歩合による所が多く、頑張ったら収入が増える休めば
減る。この分かりやすさ有り難いと思っています。

忙しい状況分かってて帰る上司に腹の立つ事もない休憩や
休暇に関しても、代わりに誰かの売り上げが増えると思えばソレ
ほど気兼ねする事もありません

飲食店時代の細かいエピソードに関しては、後日また書く予定
ありますので、今回はココまでにしておきましょう。

…ではあと1回ですが、能登半島の2回目の報告に戻ります。

→次回に続く



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No.1281 ○○について考える

駅ノート 羽根

2022/10/01(Sat)

さて能登半島駅ノート乱立エリアの報告の続きですが、3駅目
宇出津の町を越えて羽根駅に向かいましたクラ駅長です。

宇出津奥能登地域では比較的開けた町になっており、かつて
の宇出津駅「コンセールのと」と言う観光施設として再開発
為されています。

なやはるるさん駅ノートは恐らくは非公認の設置なので、その
ような場所に置く事は憚られたのでしょう。ココは通過になります。

20221001b.JPG 20221001a.JPG

羽根宇出津1つ奥手にあった駅です。ココまで見てきた能登線
廃線跡によくある標準的なスタイル無人駅だったようですが、
国道からのアクセスは良く広めの駅前広場もありました。

てかココは今回の宿泊地にしている「能登うしつ荘」から約300m
至近距離にあるのですよ。国道から高台へ上るアクセス道路の途中
にある感じでしょうか。

この国民宿舎には2度目の宿泊ですが、前回は意識してなかった
ので全く気が付きませんでした。…つまりココを描き終えれば数分
で自室に帰れる事になります。コレは便利ですね。

20221001c.JPG 20221001d.JPG

現役時代駅名票残ってナイし、同名のバス停見当たらない
ので、「津波避難場所」の看板で代用しましょう。
「旧鉄道羽根駅」と言う独特な表現が使われています。

駅前にはニワシロユリの花が何株か咲いていました。コレは自生
するような花なんでしょうか?付近の住民の方が彩りとして植えた
物かも知れません。

20221001e.JPG 20221001f.JPG

ゆるくカーブしたホームカナリの長さがあり、6両編成ぐらい余裕
で停まれそうな感じです。

国鉄時代能登半島普通急行キハ58系の2両ユニット
で必要に応じて長さを変えてたようなイメージがあります。
が営業していれば「能登うしつ荘」へのアクセスもイイ筈ですね。

蛸島寄りには踏切の跡が残っていました。この付近は集落
接していて、踏切を渡った山手側には墓地があります。

20221001g.JPG 20221001h.JPG

ホーム上の待合室もココまで見てきた各駅似たような感じです。
同区間高度経済成長期「とにかく線路を延ばせ」と言う感じで
敷設されたのか、各駅の個性あまりナイように思えますね。

待合室内には昭和40年代古い感謝状が残されていました。

右はこの近所の自治会の方が、冬場の除雪作業に協力したと言う
もの、右は「羽根生徒会」なる組織が、方法は不明ですが業績向上
に協力
したと言う理由のもので、ともに金沢鉄道管理局長の名前
になっています。

…てか「羽根生徒会」って何なんでしょう?羽根駅の近くには高校
中学校存在しないようなのですが。

そしてのと鉄道時代の案内書きが1枚…元は国鉄(JR)線だから
「みどりの窓口」そのまま使えたのでしょう。

駅ノートココまでの駅跡と同じくなやはるるさんの設置です。
絵師さんの作品などは確認出来ませんでした。

20221001i.JPG 20221001j.JPG

さての方ですが、ココは事前に思い付いたネタを描いたので
現地で考える手間が要りませんでした。

「羽根」と言う駅名だから「ハネ」B寝台という連想に至り、のろ
待合室改造してB寝台の一角を再現し、泊まりやすいように
リフォームしてしまったようです。

そう言えば東京のドコだったかに寝台特急「北斗星」をイメージした
ゲストハウスがありましたね。

ソレはいいとして、問題待合室の軒下にあるスズメバチの巣です。
現役の駅じゃないから撤去する人居ないようで、カナリ巨大な物
が完成しており、危険な状況になってました。

…当然にこんな所描けるワケがなく、ココも車の荷台で描いて
います。よっぽど旅館に持ち帰ってやろうかと思いましたが、ソレ
では誰かさんと同じルール違反になってしまいます。

そんな感じで移動距離が短かい1日だったので、無事に3箇所
駅ノートが描けました。3駅分に関する「おまけネタ」を紹介したら
今回の能登半島の報告終了になります。

→次回に続く



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No.1280 駅ノートの記録

駅ノート 藤波

2022/09/30(Fri)

そんな感じで能登半島駅ノート乱立エリア2回目を続けます。
続いて既存設置波並から1つ奥藤波(何れも駅跡)に向かって
おりますクラ駅長です。

…改めて思うのですが、この区間「〇波」と言う駅名矢鱈と多い
のですよ。「波並」も漢字表記は異なりますが「〇なみ」と読むし。

20220930a.JPG 20220930b.JPG

能登町藤波地区には、藤波運動公園と言う大規模なスポーツ施設
があります。体育館などもあるようですがココのメインテニスコート
であり、近隣の大会などはココが使われる事が多いようですね。

運動公園は海岸沿いの国道から坂道を上った高台にあるのですが、
敷地の中に切り通しの谷になってる箇所があり、能登線ココを
通っていたようです。

20220930c.JPG 20220930d.JPG

以前(2018年)に来た時は、ココに約100m分の線路が残っており、
谷を跨ぐ高架橋の下に同社の古い気動車が1両、保存と言うか
放置されていました。

…コレが同路線廃線跡の中で1つの名物になってたんですが、
今年の4月~5月にかけて遂に解体されてしまったらしいのです。

当該車両は廃止時に使われていたNT100型のうちの123号車です。
「NT123号 解体」などで検索すれば詳細が出てきますよ。

高架下から蛸島方向へ何mか移動させ、左上の画像の地点付近で
解体されたと思われますが、作業何日かに渡ったので実況中継
のように途中経過Twitter上で報告されていました。

それから4ヵ月ほど経っての訪問になったので、当然に何の痕跡
も残ってませんし、作業後に線路も撤去されたようです。

20220930e.JPG 20220930f.JPG

藤波駅はココから300mほど蛸島寄りにあったようです。運動公園
集落のある所から更に山手の方向へ細い道が続いていました。

内陸部にあるので、国道バス停「藤波駅口」と言う名前に
なっています。…てか駅はもぅナイんですけどね。

駅前の道路は地図で見る限りは続いていますが、雑草が茂ってて
自動車の通行出来ず、実質的にココで行き止まりの状態です。
能登線の各駅で見かける利用促進の看板が残ってました。

20220930g.JPG 20220930h.JPG

駅跡には棒線構造のホームと、能登線では標準的ブロック積み
の待合室が残っています。

路線が現役ならココが運動公園の最寄り駅になりますが、ダイヤ
が薄いからドノ程度の利用者があったのかは不明です。

学校の運動部試合で来るとかだと、親や顧問の先生車で
送ってくるパターンが多かったかも知れませんね。

雑草エラい事になってますが、これは季節的なものでしょう。
冬場に来ればもぅ少し見やすいと思われます。

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駅ノート他の設置箇所と同じくなやはるるさんの手による物で
じょにーさん青熊さんシールがありました。

…ソレも含めて一般的な書き込みは、やはりNT123号車解体
関するものが多いので、私もソレをネタにしておきました。

やはり廃線から17年放置されてた物が「何故このタイミングで?」
と言う感想になります。…待合室は施錠されておらず入れますが
ココも環境が悪いので車の荷台で描いています。

2駅を描き終わった所で正午を過ぎていましたので、昼食を挟んで
3駅目を描く事にします。今回は移動距離が短かいのでですよ。

→次回に続く



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No.1279 駅ノートの記録