新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

2000年 北越急行の旅 ①

2021/06/03(Thu)

さて新たな報告です。…と言っても最近は出掛ける機会が減ってます
ので、また「乗り鉄タイムトラベル」と参りましょう。
今回は2000年の北越急行、直江津~越後湯沢の乗り鉄報告です。

この時は一人旅ではなく、当時の会社で仲が良かったT先輩と言う人
と一緒でした。

私より1回り年上で特に鉄ヲタではナイ人でしたが、何となく気が合う
のでよく一緒に食事に行ったり(先輩は酒が飲めない)、私の結婚式
にも出て貰ったりした人です。

まずコノ少し前、T先輩はバイクで事故をして脚を骨折したんですよ。

そして2ヵ月ぐらい仕事が出来ず自宅で休んでる間、当時流行ってた
「電車でGo!2」の681系「はくたか号」にハマり、当たり前に高得点を
出すようになりました(ハードモードで減点ゼロ)。

で「一度本物に乗ってみたい」と言う事から、回復した後に現地へ行く
事になったんです。…取り敢えずの目的地は新潟県の直江津ですね。
記録では同年の7月22日の夜に出て、翌日に現地で乗り鉄しています。

20210603a.JPG 20210603b.JPG

現地まで先輩の車で行きました。一貫してマツダ車が好きな人なので
「ユーノス・ミレーニア」と言う当時のマツダの高級車だったんですが、
如何にいい車でも夜通し走れば疲れます(交代してくれなかった)。

カナリ早朝に着いたので、直江津港のフェリー岸壁で仮眠する先輩
を置いて、私は徒歩で直江津駅へ行ってみました。2kmぐらいです。

20210603c.JPG20210603d.JPG

当時のダイヤでは朝6時半前に、下り(新潟行き)の急行「きたぐに」
と上り(大阪行き)の寝台特急「トワイライトエクスプレス」が同駅で
交換する事になっており、時刻表を見てこれらを撮りに行ったようです。

場所は直江津駅からすぐ新潟寄り、関川の鉄橋の袂ですね。
同ゲームでもほくほく線を選択すると発車直後に渡るアレですよ。

…例によってフィルムカメラだから現場では確認出来ないし、現在の
デジタルカメラのように「大きく撮ってトリミングする」と言うのも無理。
障害物を入れずに撮るのに苦労しましたが、やはり中途半端です。

20210603e.JPG 20210603f.JPG

「トワイライトエクスプレス」に関しては「そのうち乗る機会もあるだろう」
と放置した結果、乗れずに終わってしまいました。新幹線の開通で間
に第三セクターの区間が挟まるともぅ無理でしょうね。

ぁ、急行「きたぐに」は高校生の頃、往復で乗ってます。JR発足の年
だったから、まだ国鉄塗装の581系でした。実家の片付けと平行して
その時の写真を探してるんですが、まだ未発見です。

20210603h.JPG 20210603g.JPG

また直江津港に戻り、ようやく起きた先輩と車で駅へ向かいます。
連れが居ると撮って貰えるから、今回は私自身の写真も多いですよ。

直江津駅は同年の4月から、現在の橋上駅舎と自由通路の供用が
始まっています。左の画像はホテルハイマートがある側ですな。
…って数日前に行ったばかりじゃない。

駐車場は跨線橋を渡った南口で、レールパークとは反対側へ曲がった
方向にあります。

ではココから北越急行の乗り鉄を始めます。私にとっても初乗車の
区間なので楽しみですね。

※→次回に続く



※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.795 乗り鉄タイムトラベル

実家移住計画 ⑥

2021/06/02(Wed)

さて実家移住計画の続きですが、第2の難関となるであろう台所を
見ていく事に致しますクラ駅長です。

20210602a.JPG 20210602b.JPG

…元々が最大6人が住んでた家なだけに、そこそこ大きな面積と各種
の道具が多数置かれてるワケですが、ココも最終的には母が1人で
使ってましたから、その最終日の状況のまま時間が止まっています。

そもそも物が多すぎる所へ、老人だから片付けも面倒になるのか、
殆どの物が出しっ放しな状況です。そして脳が老化すると買った
物の存在を頻繁に忘れるようになる。…完全なゴミ屋敷ですね。

実の所、母が入院した今年の1月の時点で食料品に関しては順に
持ち帰って消費するようにはしてました。そして今回から、調味料や
乾物類などもソノ対象となります。出来るだけ捨てたくナイんですよ。

…てか妻子が出て行って以降、老夫婦が2人で暮らしてた時期が
数年間続いてるのに、何でも大きい単位で買いすぎるんですよ。
砂糖2kgとか、どうやって消費しよう?

20210602c.JPG 20210602d.JPG

使いかけの洗剤が5本もあるとか、完全な認知症ですよね。そして
老人と言うのは何故か、再開閉が可能なシール付きのパッケージを
端から豪快に開ける傾向にあります。

当然に残った分は乾いてしまって使い物になりません。…この種の
袋が開発されてカナリ経つとは思うんですが、知らんのか?

そしてレジ袋が有料化されて久しいと言うのに、エコバッグなどを
持ち歩くと言う事をしないから、袋も溜まり放題です。
全部中が微妙に汚れてて、ゴミ捨て以外の用途には使えません。

ぁ、関係ナイですが猫デザインのドアストッパーはお気に入りです。
コレは売ったりせず使う事にしましょう。

20210602f.JPG 20210602e.JPG

関西人なら一家に必ず1つはある。…と言われるたこ焼きの鉄板は
大小2個ありました。小さい方は私が子供の頃からある物ですが、
大きい方は知りませんでした。…妻が買ったのか?

未使用なら売れるでしょうが、千枚通しの傷が多少あるんです。
コロナ禍が終わったら盛大にたこ焼きパーティーでもします?

左右に柄が付いた大きな包丁みたいな刃物は、鏡餅などを切るため
の物だと思われます。少し錆がありますが未使用のようで、研げば
充分に使えそうですね。

…昔の田舎では年末に各家庭で餅つきをやってたから、その名残り
だと思われます。買った翌年から「もういいや」とかなったんでしょう。
ちなみに7,350円の値札が付いてました。結構高いぞ。

20210602g.JPG 20210602h.JPG

電子レンジなどは比較的新しいのでそのまま使うとして、鍋の類は
古そうな物から順に不燃物としてゴミに出します。

…ココは「まだ使えるから」と言うのに囚われてると全く片付かない
ので、思い切りが必要でしょうね。

結果的に台所だけで右の量の不用品が出ました。…ココまでの物と
併せて町の清掃工場へ持って行きましょう。金属や陶器が多いと重く
なるから、80kgで処理代が400円でした。…80kgて、乗用車じゃ無理。

20210602i.JPG 20210602j.JPG

台所だから油汚れなどもキツく、その辺はまたスチームクリーナー
などを使って掃除しないとダメですが、要らない物を除けるだけで
左のように片付きました。

…てかダイニングテーブルなんてのは家族が揃って食事をする物
だから、1人暮らしだと要らないんじゃないのかな?まぁ客人が来た
時の配膳台としては使えるでしょうが。

そもそも椅子が何故か2脚しかナイし、何となく中途半端ですね。

そしてまだ手付かずなのが、天袋など高い所にある物です。こんな
所へ入れた物を、全て記憶して臨機応変に使うとか、私でも無理。

と、まだ撮ってませんが食器棚も手付かず。…コレまた陶器市でも
出来そうなぐらいの量があります。

少しずつですが段々と進んできたなと言う実感はあるので、今後も
折を見て続けて行きますよ。

※→次回に続く




※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.794 リアル日常雑記

駅ノート 伊勢奥津

2021/06/01(Tue)

続いても駅ノートの記事なのですが、近場の単発物なので続けて
報告してしまいますクラ駅長です。

三重県の名松線の終点である伊勢奥津駅に駅ノートが復活したと
聞いて描きに行ってきました。

同駅には私が活動を始める少し前まで駅ノートが置かれていたワケ
ですが、ある時期から設置者不明の物が複数冊置かれる乱立状態と
なり、自治体(又はJR東海)によって一斉撤去されたらしいのです。

それが今年の初め頃から再び存在が確認されるようになりました。

20210601a.JPG 20210601b.JPG

奈良県からだと宇陀~御杖のルートで車で行けば楽な所であり、
コレは昔の伊勢本街道と言う、奈良から伊勢神宮へ参拝する旅人
が通ったルートとも重なります。

…何度か書いてる話ですが私は大学のゼミの行事で奈良から伊勢
まで徒歩で旅行した事があり、伊勢奥津は2日目の昼休憩の地点
だったんですよ。

鉄道が通じてるので部分参加の人はココで離脱。又はココから合流
する事も可能であり、その点からも思い出深い駅なのです。

すっかり定番化した軽トラックによる旅ですが、現在の駅舎は2005年
に新築された物であり、私が歩いてた頃の物とは違います。…当時
は、保存されている右書きの駅名票が付いていた古い駅舎でした。

20210601c.JPG 20210601d.JPG

駅としては無人駅ですが、建物が大きく市の出張所や観光案内所
などが入居しています。待合室の壁には以前から、名松線関係の
古い写真が多数貼られてたんですが、また数が増えた感じですね。

ローカル線だから蒸気機関車の時代はC11型、転車台がナイから
帰路はバック運転になったようです。その後の気動車の時代はドコ
にでもありそうな種々雑多な編成となっています。

20210601e.JPG 20210601f.JPG

そしてよく知られた話ですが「名松線」と言うのは同じ三重県の名張
と松阪を結ぶ計画があったから付いた名前です。

同線が計画された当時(大正~昭和初期)は現在の近鉄大阪線に
相当する区間も未開通であり、奈良県の桜井から伊勢奥津経由で
伊勢へ抜けるルートが画策されていたようです。

「42.11.2」と言う日付けがあるバスの写真がありました。…調べて
みると名張まで直通するバスは今年の3月末まで存在したようです。
カーナビでは40分と出てますから、路線バスなら1時間ぐらい?

駅ノートは駅スタンプと同じ台に置かれています。3冊ありますが
私が行った当日は1冊目の終盤ぐらいまで進んでおり、あとの2冊は
予備だと思われます。…つまり地元じゃなく遠方の人が置いたか?

やはりスタンプの無駄捺しが多いです。絵師さんの作品は見当たり
ませんでした。ゆっくまーシールはFUKさんのものが1点。

20210601g.JPG 20210601h.JPG

昔は島式ホームで機回しが可能な線形だったようですが、現在は
1本だけのホームで、車両はキハ11の300番台の単行が基本です。

そして線路の奥手には蒸気機関車時代の給水塔が残っています。
過去に駅ノートが存在した頃には他の絵師さんも描いていた定番の
アイテムなので、今回はコレを描いておきましょう。

のろの台詞に入れたように蒸気機関車という物は、石炭の7倍程度
の水を使うので、炭給設備より給水塔の方が多く必要になります。
だから機関区のナイ途中駅に、給水塔だけある所も多くありました。

20210601i.JPG 20210601j.JPG

ついでの事に以前に自分のスケッチブックに描いた絵も縮小コピー
した物を持参して、同じノートに貼っておきました。以てまとめサイト
では番外編として扱っていた同駅も正式なページに変更します。

同駅には自動券売機の類もナイのですが、奈良県から行ってるので
切符だけ買いに松阪まで行くのは不経済であり、後で地元へ戻って
から天理駅に立ち寄って今回の寄付代わりの乗車券を買いました。

リアルタイムの予定ではココからゴールデンウイークに入るんですが、
謎のウイルスが無くても私は休日に出掛けるのが嫌いなので、暫くは
実家の片付けに専念する事にします。

…補完ネタとして、また「乗り鉄タイムトラベル」でもやりましょうかね。




※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.793 駅ノートの記録