新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

1999年 大井川鉄道の旅 ④

2021/04/25(Sun)

…さて1999年の大井川鉄道の旅ですが、紆余曲折を経て辿り着いた
下泉からSL急行に乗り、本線の終点となる千頭を目指しております
クラ駅長です。

20210425a.JPG 20210425b.JPG

やはり車内にもカメラを向けていますが、この客車は何十年経っても
変わりようがナイですよね。

…車内の照明が1つ置きに消えてるのは何故なんでしょう?ちなみに
気になって調べて見たんですが、丸型の蛍光灯が日本国内で初めて
市販されたのは1953年の事だそうです。

そして私ですが、記録によるとコレは車内販売のおばさんに撮って
貰った事になっています。…被写体(私)を小さく写されてしまうのは
慣れてますが、コレは明らかなフレーミングの失敗ですよね。

…然りとて昔の「写ルンです」ではソノ場で確認して撮り直して貰う
ワケにも行きません。駅弁に関しての記録はナイんですが、座席の
下に明らかな空き容器があるから、車内で買って食べたのでしょう。

20210425c.JPG 20210425d.JPG

そんな感じでSL急行は大井川に沿ってソレなりに力強く走り、終点
の千頭に到着しました。

…改めて機関車の正面を見ると、何やら見慣れないヘッドマークが
付いていました。

画像を拡大してみると「京成電鉄創立90周年記念観光バスツアー」
と書いてあります。
同社の設立が1909年の事なので時期として正しい事になりますね。

主として老人向けのバスツアーの行程にSL列車の乗車を組み込む
事は割とある筈ですが、ソレなりに金を出せば自作のヘッドマークを
出して貰うのも可能だったと言う事でしょうか?

そのツアーの客と思われるおばさん達も嬉しそうです。生きてれば
80代ぐらいの人達でしょう。…てかおばさんって何でも指を差すよな。

20210425e.JPG 20210425f.JPG

そして千頭駅ですが、同年の7年前…1992年に現在の駅舎が新築
され、大井川本線は行き止まりの櫛型ホームになりました。

子供の頃に来た記憶では川に近い方に線路と平行に建った建物が
あった筈なので、この時の記録には「何か違う」と書いてあります。

…違うと言えば当時は金谷側に転車台が無かったので、SL列車の
帰路便は機回しだけを行ないバック運転で牽引してましたね。
今となっては貴重な写真かも知れません。

20210425g.JPG 20210425h.JPG

帰りはSLより先に出る電車急行に乗りました。近鉄16000系ですよ。
…当時は近鉄線内でも同系の車両がまだ現役であり妙な違和感を
感じたのか、当時の私もやはり細かく見ていました。

妻面にある形式銘板は、ある筈の近鉄マークが削り取られてました。
「新金谷車両区」の手書きっぷりは逆に鄙びたイイ感じです。

20210425i.JPG 20210425j.JPG

大井川鉄道ではワンマン運転を行うため、運賃表示器や運賃箱など
が追加されています。…特急車両でワンマン運転?まぁ仕方ナイ。

その他の掲示物などは近鉄のままです。注意書きにある「乗務員」は
近鉄社員を指して書かれた物の筈が、ココでは大井川鉄道なのか。
…コレは今でも同じような状況の掲示物を見た時に思う感想です。

座席を1区画外して車椅子のスペースにするのは当時の近鉄では
無かった発想です。…ちなみにこのシート、初期の国鉄の特急型と
同じように、回転しますがリクライニングの機能はありません。

シートカバーも近鉄からそのまま持ってきた物でしょうが、通常なら
クリーニングされて洗濯糊が効いてる筈の物が妙に柔らかく、ココ
の社員の方が普通に洗濯機で洗ってるんだろうなと想像しました。

朝が早かったり往路で色々と動きすぎたせいか帰りは途中で眠って
しまい、気が付いたら金谷駅に戻ってたようです。

良くも悪くもあまり変わらないと思ってた大井川鉄道ですが、やはり
20年も経つと色々と変化も感じられて面白かったです。

ぁ、子供の頃のアルバムを探せば、もっと古いのが出て来るかも。
機会があれば御紹介しましょう。

…続いて実家の大掃除の報告を1回挟み、新たな旅に出る事にします。




※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.756 乗り鉄タイムトラベル

1999年 大井川鉄道の旅 ③

2021/04/24(Sat)

そんな感じで1999年の大井川鉄道の旅ですが、近鉄420系に乗って
更に先を目指しておりますクラ駅長です。

20210424a.JPG 20210424b.JPG

次の駅で同じ近鉄の特急車16000系と出会いました。…駅の形状
から見て五和(現在の合格)ですね。

同駅の北側を通る新東名高速道路が開通するのは2012年の事、
現在のような観光施設も無かったし、この時点で合格地蔵尊が
あったのか否かも不明です。

同じ近鉄車同士の上下交換ですが養老線と南大阪線に分かれてた
ので現役時代に出会う事の無かった組み合わせになります。

このまま大井川に沿って茶畑の中を走り、次は家山で下車しました。

20210424c.JPG 20210424d.JPG

気分的に本線の「約半分」と言う地点です。現在でもSL急行の途中
停車駅であり、団体ツアーの利用客などはココで入れ替えになる事も
ありますね。…そしてスハフ43型がずっと留置されてたイメージです。

駅舎の佇まいもレトロな雰囲気で、SLが登場する映画のロケなど
にもよく使われる所ですが、古い建物は「わざと残してある」のかと
思ってたんですが、建て直す資金がナイらしいと分かってきました。

20210424e.JPG 20210424f.JPG

先述のように当時は普通列車の本数が割とあったから、ココで暫く
待って次の上りで少し戻ろうと思ったようです。

ヒマ潰しに駅前の商店街を見てたら、珍しい車を発見しました。
「トヨタの軽トラ」と呼ばれたミニエースですね。

1967年~1975年に製造された車で、当時としても「よく残ってたな」
と言うイメージでした。現在の軽トラックより僅かに大きい程度であり
この辺りのグレードの車は今では必要ナイのかも知れません。

…800ccの空冷エンジンと言うのも今では殆どナイでしょうね。

20210424g.JPG 20210424h.JPG

と言う事で次に来た上り列車は京阪3000系でした。本家の京阪電鉄
では1991年頃から8000系への置き換えが進み、先頭車のみが順に
富山地鉄へ譲渡されていった時代の事です。

大井川鉄道へは1995年(4年前)に、この3007編成の先頭車が2両
譲渡されてきました。

この列車で福用まで戻り、更に金谷まで往復して戻ってくるのを待ち、
先へ進んだようです。…ワンマン化された車内も撮ってますね。

運賃表示器が追加された代わりに、京阪名物の成田山(寝屋川市の
大阪別院)の御守が無くなってました。

…福用駅は同社が姉妹鉄道として提携しているスイスのブリエンツ・
ロートホルン鉄道の駅を模したスイス風の建物の駅舎です。同年の
前年に改築された新しい駅舎でした。…こう言う金はあるのか?

20210424i.JPG 20210424j.JPG

この京阪3000系で次は下泉まで行き、ココで後続のSL急行に乗り
換えています。…私が子供の頃に体験した脱線事故の時もですが、
当時は同駅にも駅員さんが居て急行停車駅でもありました。

…窓口でSL急行の急行券を買おうとしたら、フリー切符を持ってる
のに普通乗車券まで出されてしまい、指摘すると年配の駅員さんに
ブツブツと文句を言われたのを覚えています。

ぃゃ、降りる時にフリー切符を見せてるんだから、分かってくれてる
と思うじゃないですか。

ともあれ次はココからSL急行に乗って、終点の千頭へ向かいます。

※→次回に続く



※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.755 乗り鉄タイムトラベル

1999年 大井川鉄道の旅 ②

2021/04/23(Fri)

さて1999年の大井川鉄道の旅ですが、新幹線と東海道本線を乗り
継いで同社線との乗り換えである金谷に到着しましたクラ駅長です。

20210423a.JPG 20210423b.JPG

…この駅は現在とソレほど変わってナイでしょう。JRと大井川鉄道の
駅舎が隣り合うように建っており、大井川鉄道は0番線に相当する
ホームから発車します。

今回はSL急行より「電車をメインに出来るだけ多くの形式に乗ろう」
と言うコンセプトで来たので、まずはフリー切符を購入しました。

…そして時刻表を貰いました。当時は現在のように普通列車が大幅に
減便される前の時代であり、今よりも本数が多くソレだけ多くの車両
が必要だったようです。

20210423c.JPG 20210423d.JPG

当日まずホームに待ってたのが、元北陸鉄道の「しらさぎ号」と言う
ステンレス製の電車でした。正式には6010系です。…流石の私も
こんな形式の電車は知らなかったので、この時が初見です。

昭和38年製の電車で大井川鉄道に来たのが昭和46年、平成14年に
廃車になりました。その3年前の状況ですね。現在は石川県の山中
温泉で里帰り保存されてるので、機会があれば見に行かないと。

観光路線としての性格が強い大井川鉄道では、当時は導入する電車
について「片側2扉で転換クロスシート」と言う原則があったようで、
同形式もソレに合致しています。

この電車で次の新金谷まで行きました。周知の通り新金谷は大井川
鉄道の本社と車庫がある要衝の駅です。

20210423e.JPG 20210423f.JPG

新金谷駅の駐車場の奥からは、SLの整備エリアや客車用の留置線
が見学出来ます。…「きかんしゃトーマス」とのコラボが始まる前は
かなりユルめに開放されており、誰でも見に行く事が可能でした。

現在でもSL急行の主力機であるC11227号機が整備を受けてます。
奥手の方にはC5644号機と思しき機関車の一部と、近鉄16000系が
居るのも確認出来ました。

…近鉄の中古車と言うのは系列外の会社にあまり出回らないので、
こんな所で見れる事に不思議な感覚を感じました。もぅ慣れたけど。

茶色い電気機関車と旧型客車の写真なんか、白黒にしてしまえば
もっと古い物に見えるかも知れません。

20210423g.JPG 20210423h.JPG

では旅を再開しましょう。…自撮りが出てきました。

旧型客車や古い電車が走り回ってる所へ乗り鉄に行くので、今回は
「点と線」や「砂の器」みたいな「捜査の旅をする刑事」のイメージ。
9月だからまだ暑い季節なのにスーツ着用で、やっぱり暑いの。

続いて南海の元祖ズームカーが来ました。当時から「ザ・中古車!」
と言う感じでしたが、それから更に20年経って今でも現役なのよ。

20210423i.JPG 20210423j.JPG

…フリー切符なので、貰った時刻表を見つつ降りたり戻ったりして、
出来るだけ色んな車両に乗る事に決めた結果、次の代官町で降りて
次の列車を待ちました。そしたら近鉄420系が来ましたわ。

元は名古屋線の特急車として製造されましたが、末期は普通列車
用(近鉄マルーンの1色塗り)に格下げされ、養老線で走ってました。
大井川鉄道へ来た時に登場時の色に戻されたんですよ。

車内の各種表示が近鉄そのままな事に懐かしさを感じつつ、更に先
へ進む事にしましょう。

※→次回に続く



※コメント・感想は→こちらまでお願い致します。

No.754 乗り鉄タイムトラベル