新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

下津井電鉄を探る ⑧

2022/04/14(Thu)

さて下津井電鉄廃線跡を探る旅の後半ですが、児島駅を出て
暫く行くと瀬戸中央自動車児島インターに繋がる国道430号線
に出ましたクラ駅長です。

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中央分離帯がある道路なので、ココは近くの横断歩道迂回する
しかナイんですが、この地点には見覚えがありますよ。

5年前東京の鉄ヲタ夫婦香川県~岡山県を回った時、おまけ
下津井にも立ち寄った事があり、ソノ時に「廃線跡がある」と言う
事だけ確認して写真を撮った所じゃないですか。

…まぁ走ってるうちに出て来るのは分かってましたが。

私も現役時代下津井電鉄には乗れないまま現在に至ってるワケ
ですが、この特徴的な架線柱古い鉄道写真などで見慣れた物
だったので、すぐに分かりましたね。

この時は途中を全て飛ばして下津井駅直行したんですが、
今回は廃線跡に沿って忠実に進む事にしましょう。

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続いて阿津と言う駅跡が出てきました。…平成3年廃止された
第二期廃止区間6.5km途中駅が5箇所あったので、各駅間
距離は概ね1km前後のようです。

線路と道路を隔てていたと思われる木製の柵が残っており、地元
の方が植えたと思われるパンジーの花が咲いてました。

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ココから勾配が急になり、鷲羽山海側へ回り込む感じで高度を
上げて行きます。資料によると全線を通しての最急勾配は25‰
だったそなうな。

先で交差するのはJR瀬戸大橋線の高架橋です。コレの開通が
昭和63年だから、僅かの間ですが鉄道線路同士立体交差
存在した事になりますな。

自転車を漕ぐ辛さ鉄道のソレ比例している気がしました。
終戦直後燃料事情悪い時期は、乗客を降ろさないと坂が
登れなかった事もあったようです。

坂を登り切ったが見えました。…直下に見えるのは競艇場
ソレに関連する施設だそうです。

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坂を登って線路が平坦になった所にあるのが琴海と言う駅の跡です。
Wikipediaなどの写真によると、島式ホームがある交換可能な駅
だったようですが、山手側の線路埋められてるんでしょう。

ホームに座板を置くと、そのままベンチの高さになるようです。
尤も少しは地面が嵩上げされてると思われますが。

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を見るならコノ少し先辺りからの風景ベストでしょうね。
高いビルなどがないので遠くの半島まで見渡す事が出来ました。

他の鉄道路線から全く接続しない所にある小さな電車から見える
風景と言うのはドノような物だったのか?…現在の利点としては、
自転車だから好きな所で停まれる長居出来ると言う所ですかね?

この先から線路大きくカーブして、低い切り通しを越える感じに
なります。トンネルありません(あれば残してる筈でしょ)。

間もなく瀬戸大橋の下を通って鷲羽山駅に着く筈ですね。

→次回に続く



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No.1110 鉄道廃線跡を探る

下津井電鉄を探る ⑦

2022/04/13(Wed)

そんな感じで茶屋町まで軽トラックを取りに戻り、再びJR児島駅
にやって来ましたクラ駅長です。…ココから下津井電鉄廃線跡
巡りの後半に入りますよ。

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終点(厳密には起点だそうな)の下津井駅に新しく資料館が出来て、
ココに駅ノート(に類する物)置かれてると言うがありますので
今回はソレも目的の1つとして来たんですよ。

…当初の予定では廃線跡巡り終えてから車で再訪しようと思って
たんですが、時間の節約も兼ねてココから絵の道具も積んで行く
事にしました。

下津井までは約6.5kmなので、茶屋町からココまでの半分以下
距離です。多少の荷物問題ナイでしょう。

と言う事で改めて下津井電鉄児島駅に向かいました。

JR児島駅とは700mほど離れています。児島名物の絵が色々と
描かれている歩道のタイルのに中に、「ナローゲージ」と題して同社
の電車を描いた物もありました。…やはり乗っとけば良かったな。

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通常なら通り抜けられる筈が工事通行止めだった駅跡迂回して
越え、廃線跡に戻ります。駅跡は廃線後も同社の旅行案内所として
機能していた時期があり、隣接して下電バスの車庫がありました。

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ココから先も廃線跡サイクリングロードとして整備されています。
廃止平成2年と言う事で前半部分に比べれば比較的最近の事
であり、案内図なども読みやすい物が掲示されていました。

「風の道」と名付けられたサイクリングロード児島駅を出ると、
やはり暫くは街中の裏路地みたいな所を縫うように走ります。
舗装はされておらず学校の運動場のような固い砂地の道でした。

電化してたから架線柱が残されていますが、コレが下津井電鉄
独特三角錐みたいな形状の物で、他所では見かけない形状
物なんですよ。

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暫く走ると備前赤崎と言う駅跡に着きました。…軽便鉄道コノ幅
なら交換設備がある対向式ホームの駅だったのでしょう。
駅舎などはありませんホーム完全な形残っていました。

復元された駅名票には前後の駅までの距離が記されているので
分かりやすいですね。

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線路の両側道路があって、割と頻繁踏切が出て来るような
風景ってのも田舎のローカル私鉄ならドコでも見かけそうな物
かも知れません。…電車が走ってた頃の情景が想像出来ますな。

遠景に見える観覧車鷲羽山ハイランドの物でしょう。
…あの山の頂上までとは言いませんが、アレの中腹を回り込んで
下津井へ至る事になる筈なので、カナリの高低差がありそうです。

その割に距離は短かいので、勾配はキツめと言う事かな?

→次回に続く



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No.1109 鉄道廃線跡を探る

笠岡~倉敷の旅2022 ③

2022/04/12(Tue)

さて下津井電鉄廃線跡を探る旅ですが、茶屋町から昭和47年
廃止された児島までの14.5km第一期廃止区間電動自転車
走って、休憩がてらJR児島駅にやって来ましたクラ駅長です。

大雑把に全体の2/3ほど来た事になりますが、ココで一度茶屋町
までJR瀬戸大橋線に乗って児島まで車を取りに戻る事にします。

一気に走ってもイイんですが単調なので気分転換したかったのと、
車をココに置き直す方がホテルまでの帰路ロスが少ないと考えた
からなのですよ。

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倉敷市児島地区は最近「ジーンズの町」として観光PRを始めた
ようです。…要するにから紡績業や織物業が盛んな所で、一見
すると輸入に見えるジーンズも殆どが国産なのだそうな。

デニムブランドの「Edwin」「Bobson」も実は日本語の文字りだと
聞いた事があります(詳細はコメント掲示板で)。

駅前ロータリーの屋根にはジーンズパンツが何枚も吊るしてあり
ますが、どぅ見ても洗濯物にしか見えません。…ついでにココで
下津井から帰る時のバスの便確認しておきましょう。

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JR児島駅2面2線の高架駅でした。
コンコースにも大きなジーンズが展示してあるのと、3月初旬の事
だったので、オリジナルっぽい雛飾りが残っていました。

謎のパンダも居るし、よく分かりませんが楽し気な空間です。

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同駅は言わずと知れた瀬戸大橋線本州側最後の駅です。
四国直通する列車は基本的にココで乗務員さんが交代するので、
特急を含めた全ての旅客列車が停車するようです。

四国へは鉄道でも何度も行ってますが、児島駅から乗ったのも
初めてかも知れません。岡山駅では撮り難い快速「マリンライナー」
もココでは編成全体を上手く撮る事が出来ました。

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赤いアンパンマン列車特急「南風」が来ましたが、特急茶屋町
停まらないので、見送って次の快速「マリンライナー」を待ちます。

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茶屋町まで途中の駅には停まらず約10分で到着しました。

下津井電鉄同区間と比べると山の中トンネルと高架橋
直線的に結んでるので距離も短かいのでしょうが、下津井電鉄
だと何分ぐらい掛かったんでしょうね?

茶屋町駅ではパーク&ライド推奨されてるらしく、同駅下車した
記録があるICカードをコインパーキングの精算機に翳すと200円引き
になると言うサービスがありました。コレはもっと普及して欲しいぞ。

ではココから軽トラック児島駅まで移動させ、廃線跡巡り後半
に移る事にしましょう。

→次回に続く



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No.1108 乗り鉄日誌>JR西日本