新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

屋島ケーブルを探る ②

2021/03/05(Fri)

さて屋島ケーブル跡地ですが、引き続き麓側屋島登山口駅
保存車を探っておりますクラ駅長です。

…てかコレはホントに「保存しよう」という意図で置いてあるのか?
撤去するにもカネが掛かるから放置されてるだけの気もしますが。

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2両あるうちの下側の車両扉が開いたままなので、車内に入る
事が出来ます。ケーブルカーと言うのは山上側の駅にある滑車を
回して動くから、通常の電車のような運転機器ありません

ソレにしてもエラく線路終端ギリギリまで降ろしてあるものですね。
…ぁ、ワイヤー外してあるから必然的にそうなるのか。

恐らくはショックアブソーバーになっている部分がホントに密着してる
状況って、なかなか見れるもんじゃナイですよ。

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車両の前後にある、大きなブレーキハンドルが置かれてました。

自動車サイドブレーキに相当する物で、停車したら乗務員さん
絞めて固定する物ですね。

2両の連結面と言うのか、外からは板で塞がれてて見えなかった
部分ですが、妻面の窓を開けたら元の塗装が残ってました。

コレまたWikipedia正解(現役時の画像)がありますが塗装白地
に赤のツートンカラーで、現状で下側になってる1号車「義経号」
上側2号車「弁慶号」と言う名前だったようです。

…まぁ屋島だから源平合戦に因むとそうなるか。戦時中休止から
復旧した昭和25年から廃止時まで更新なしで使われてたようです。

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敷地の脇には配電室らしき設備も残ってました。

Wikipediaによると運行休止になる直前の最終日約800人観光客
(とは書いてあるが葬式鉄だろう)が押し掛けたんですが、始発前の
試運転の時に電気系統のトラブルが起きて動かなくなったそうな。

…結局はそのまま終日事故運休です。もしかしたらシステム辱めを
嫌って自殺したのかも知れないし、ケーブル側人為的な物だったら
笑いますね葬式鉄は私も嫌いです。

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しかしまぁ、保存してるワケでもナイのに車体の塗装だけ変えて維持
されてると言う不思議な駅跡でした。続いて山上駅へ向かいます。

駅の北からすぐ登り坂になり、意外と険しい感じの山が見えています。
「屋島」と言うだけに江戸時代までは陸から離れた島だったそうですが、
干拓によって埋め立てられて陸続きになったそうな。

…しかしこんな急斜面な干拓地があるもんでしょうか?

途中に「四国文化村」と言う、古い建物を集めた観光施設があります。
そして屋島と言えば源平合戦「屋島の戦い」でしょう。
終点の駐車場に入った所には絵巻物の写真も貼ってありました。

那須与一扇の的見事に射たというアレは中学の古典でも習い
ましたが、戦争(殺し合い)の最中に何故あのようなアトラクション
存在したのか?

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昭和35年に開通した「屋島スカイウェイ」と言う観光自動車道を登ると、
終点大きな駐車場になっており、土産物店などがあります(帰る間際
に撮ったから閉まってますが)。

自販機が何故かピカチュウだらけ。コレは一般的に存在する物?

山頂には四国霊場の1つである屋島寺水族館などがありますが、
私の目的はケーブルカー山上側廃駅です。生憎と駐車場からは
寺を挟んだ反対側になるようですが、地図を見ながら歩いてみましょう

→次回に続く



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No.705 鉄道廃線跡を探る