新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

片上鉄道の廃線跡を探る ⑱

2019/08/07(Wed)

…引き続き福井県福井市よりお送りしておりますクラ駅長です。

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昨日はとは反対勝山方面、終点の1つ手前の比島駅でした。

秘境駅ではナイものの、普通列車半数が通過すると言う謎の扱い
を受けてる駅ですな。また駅前狭くて車で入り難いので、電車の方が
行きやすいと言う逆転現象な所でもあります。

さて片上鉄道廃線跡を探る旅ですが、いよいよ終点柵原
向かいます。

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社員旅行の時に昼食のお店へ向かうべく曲がった道そのまま進むと、
築堤崩して道路が切り通しになってる所に出ました。

はココに鉄橋が掛かってたモノと思われます。そしてソノ先が、
明らかに鉄道の築堤タテ切りにした地形になってました。

そんな狭い所駐車場として使われてるようで、軽ワゴン車トラック
置いてあるのが見えますね。この先どぅなってるんでしょう?

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道路より少し高台にある土地が、元は柵原駅とソレに付随する貨物
ヤードだったと思われ、現在はスロープ自動車が上がれる構造に
なってます。

「一般車両進入禁止」って事は、何かの会社の敷地なんでしょう。

法面のコンクリートに刻印された年号は「1960-5」…大抵コレは建設
された年月を表すモノであり、片上鉄道としての中期ぐらいの物か?

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立入禁止なので外から撮りましたが、広い敷地何台ものトラック
が停まり、雰囲気としては「納品の順番待ち」みたいな感じです。
会社名は「DOWAエコシステムジャパン株式会社」と読めました。

「DOWA」ってからには同和鉱業の関連会社でしょう。調べてみるに、
金属リサイクルの会社だと分かりました。

同和鉱業は元々、硫化鉄鉱採掘と精製を行なってたので、ソノ技術
を応用して混じった金属を分類したり、レアメタル取り出す商売を
始めたと言う感じのようです。

広い敷地を有する鉱山跡を、工場用地として再活用したんですな。

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先程の「築堤のタテ切り」の地点へ戻って、分かれ道反対方向
進むと、線路とホームの跡辛うじて残ってるのが確認出来ました。

…左の画像の大きな茶色い構造物生成施設?)は、Wikipedia
柵原駅の画像にも出てくるので見た事がありました。やはりココで
間違いナイようです。

と言う事で片上から柵原まで、全区間自転車で完走出来ました。
現在の保存鉄道本拠地である吉ヶ原と、仮の終点として復活した
黄福柵原も越えて、本物の終点始めて来れた事も嬉しいですね。

知らない人にもソレなりに案内出来る自信も付きました。
…そんな機会あるのかですが。

さて、来たからには帰る必要があるワケで、ココからが今回、最も頭
を使った部分になるのです。
…取り敢えずは自転車で、また吉ヶ原方向戻る事にしましょう。

→次回に続く



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No.129 鉄道廃線跡を探る

片上鉄道の廃線跡を探る ⑰

2019/08/06(Tue)

世間は夏休み期間中ですが、お盆混む比較的近い所で。
…と考えて、久し振りにえちぜん鉄道に来ました。本日は福井県福井市
よりお送りしておりますクラ駅長です。

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今回は、JRの特急近鉄使わず青春18きっぷの旅です。
8月中播磨下里コレで行くので、回数消化の意味もあるんですが、
福井程度だと新快速普通列車でもソレほど苦になりませんので。

湖西線新快速も意外と空いてて座れたから、絵の下描きと言うか
ネタ繰りに色々と描いておりました。

さて片上鉄道廃線跡ですが、片上から5時間掛けて着いた吉ヶ原
お昼休憩を取って再び自転車に乗り、終点の柵原を目指します。

天瀬苦木駅舎は残ってますが、吉ヶ原路線の要衝だった
だけに前記の2駅より立派な駅舎だし、勝手知ったる所になって
しまいましたので、ココでお昼になったのは丁度良かったです。

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片上鉄道保存会が運営している保存区間に関しては、過去の記事
参照して頂ければイイと思うので、ココでは割愛します。

…確か廃線後レール一旦は全て撤去されてたのを、保存会
皆さんがほぼ手作業復活させたんですよね?

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公開運転用の線路の途中に、33kmキロポストがありました。
ココまで復活させたからには、位置現役時代正確に同じだと
思われます。

33km関東の方向けに解説すべく測ってみたら、東京駅から直線
距離
横浜袖ケ浦千葉春日部所沢あたりの感じになりました。
…今日は我ながらよく走りましたね。まだ残ってるけど。

そして現在の終点になっている黄福柵原駅
公開運転日以外施錠されてますが、取り敢えず記念写真です。

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同駅奥に留置されているホハフ2003は、反対側塗装直し
完了したようです。…機回し出来ませんDD13牽引の客車列車
としても、公開運転に使って欲しい所ですね。

周知の如く、今線路が残ってるのはココまでになります。…実際は
ココからまだ1kmほど先柵原が、現役当時終着駅だったので、
今回は更に進む事にしましょう。

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少し勾配を付けて築堤上を走るのが廃線跡ですが、社員旅行昼食
場所へ移動する時、保存会の方が少しだけ解説して下さいました。

現在は道路への転用が決まっており、ソレが開通する段階になると、
廃線跡の風景も風化してしまうのかも知れません。

右の画像の奥に見えるのが、元は鉱山労働者の方たちの為の宿舎
だったそうな。…社員旅行の時は、コノ辺で曲がったので、廃線跡
としての全貌まだ知らない事になります。

も些か小康状態になってきました。次回、ようやく終点に到着です。

→次回に続く



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No.128 鉄道廃線跡を探る

片上鉄道の廃線跡を探る ⑯

2019/08/05(Mon)

観光の仕事法隆寺へ行ったら、丁度防火訓練をやってました。

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法隆寺では昔、金堂(画面手前の建物)
内のにある壁画の模写作業をしてる時
漏電による火災が起こり、貴重な壁画
焼失すると言う事故がありました。

…ソレを機会に文化財保護法が制定
されたと言う経緯もあって、重要な行事
の1つなのだと思われます。

…ソレはにしても暑い時期ですから、単に打ち水の効果と言うか、
見た目だけだも涼しくなってイイような気がしましたクラ駅長です。

さて片上鉄道廃線跡です。サイクリングロード起点である西片上
を出発して約5時間、ようやく見慣れた吉ヶ原駅が見えてきました。

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距離にすれば30km程度なのでしようが、止まって見物したり写真を
撮ったりが多いもんで、どうしても時間が掛かりますね。

奈良から自転車で来たワケではありませんが、5時間掛けて辿り
着いて、自分が普段地元で乗ってる自転車ココにあるって事が
不思議でもあり感慨深いモノもあります。

「菊池桃子さんごっこ」を少し考えたけどヤメときましょう。

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来る度ココで記念写真を撮ってる気がする柱の駅名票と、猫駅長
の名札を今回も押さえておきます。

周匝あたりから雨がキツくなってましたので、雨合羽を着用した
ままですが、ココまで降るなら髪の毛固めなけりゃ良かったなと。

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周知の如くイベントナイ日吉ヶ原は、静かでノンビリしてます。

…丁度お昼時なので、昨日ののうちに西片上マックスバリュー
仕入れておいたおにぎり昼食にしましょう。

この天気では更に誰も来ないだろうと思ってたら、ドライブ途中
立ち寄ったような女性が来て「この電車(路線の事か?)はドコへ
行くんですか?」みたいな事を訊ねられました。

知らない人から見たら、現役の鉄道と間違うほどの残り方だから
無理もナイでしょうね。「ココは保存鉄道なのでココだけです」的な
事を簡単に説明しておきましたが。

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駅ノート保存会さんのモノが普段から置いてあります。…新作
不知火さんとF17さんの合作が1点。私の絵だと明らかに浮くから、
誘って頂いた事ありません「ソレ対応」も練習も少し要るかしら?

駅ノートに関しては結局の所、今までに知られてるココ天瀬苦木
(イベント時は黄福柵原も)以外に新しい発見ありませんでした
…そもそも駅舎(に準ずる建物)が残ってないと置けませんわな。

吉ヶ原に着いた事でほぼ終点みたいな気分ですが、まだ残ってます
あと1駅ホントの終点だった柵原を目指して出発しますよ。

→次回に続く



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No.127 鉄道廃線跡を探る