新・駅長日誌Ⅱ

観光列車、駅ノート、鉄道保存施設、
廃線跡と猫ヨシヨシ。…稀に木村。
毎日更新します。

南海平野線を探る ④

2020/07/14(Tue)

さて南海平野線廃線跡を探る旅ですが、続いてが地下鉄谷町線
駅と同じ名前の、文の里電停に向かっておりますクラ駅長です。

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…当然に南海平野線の方がだから、大正時代から「文の里」なの
ですが、Wikipediaによると元々は近隣を宅地開発した不動産会社
が付けた名前であり、付近に学校が多かったからの命名だそうな。

その7番出口から出た付近に、記念碑があると聞いておりますので
早速探してみましょう。

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地上出口阪神高速高架下にありますが、周辺は主に駐輪場
として使われています。…流石にココまで来たら酒盛りをやってる
オッサン居ないようですが。

んー、あるにはあったんですが、記念碑と言うか錆びた説明看板
1枚だけの物です。…説明によると電停ながら有人駅だったようです。
現在でも乗務区のある我孫子道などは有人駅ですね。

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高架道路町の区割りに対して斜めに通ってるので、45度の角度が
付いた交差点があり、昔ながらの商店街がありました。

…どうも活気がナイように見えますが、ウイルス騒ぎ自粛による物
なんでしょうか?そう言う事情が無くても、最近は古い商店街ってのは
寂れがちだと聞きます。高い割に品揃えも少なかったりするし…。

ともあれ先に向かって進みましょう。…歩道の植え込みには季節柄、
紫陽花キレイに咲いています。

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更に進むと大きな池がある公園が出てきました。…桃ヶ池公園と言う
そうですが、この近くに平野線股ヶ池電停があったようです。

地名でよくある漢字のすり替わり「桃」「股」になったそうですが、
そんな説明が無ければ「またがいけ」と読んでしまう所ですね。
 
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近くをJR阪和線が走っており、二重の立体交差になってます。

阪和線最初に開通したのが昭和4年の事であり、天王寺駅には
既に関西本線城東線大阪環状線東半分)があったので、当初
からコノ南海平野線跨いだ先まで高架線として建設されました。

…そしてコノ地点の南側地上に降りてた物が、2004年~2006年
掛けて連続立体交差として高架化されたので、今ある阪和線高架
開通当初の物とは違うんだそうです。

地上を走ってる鉄道高架化する場合、営業しながらだと既存の線路
高架線新しく造って切り替えるケースが多いですよね。

だから完成後は、元々あった線路跡空地になるか他に転用されるか
ですが、ココは空地のまま残っていました。

厳密にはコレも廃線跡と言う事になるんでしょうが、探っても面白く
ナイと思われますので放置しておきます。

そろそろ半分ぐらいは来たんでしょうか?…発想から抜けてましたが、
近くで調達出来るなら自転車で回った方が良かった物件ですね。

→次回に続く



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No.471 鉄道廃線跡を探る